松尾 スズキ
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『庄屋』系列の居酒屋に入って、従業員達のやけっぱち的にテンションの高いこの受け答えを、耳にしないものはまずいない。しかも笑わせてくれる。
であるが、まさか本当に「よろこんで」チューハイ持ってきたりする従業員が存在すると錯覚するほどに、世間は牧歌的ではない。むしろ「よろこんで」を無差別的に連発し、ハウスのごとく記号化することによって「よろこび」の価値を極薄にしておいてもらわないと、我々はフッと肩をすくめ「こいつちっともよろこんでないくせに」と安心することなど出来ないのである。
(中略)
「はいーっ!よろこんでよろこんで!あなたのためなら、そりゃもう、あの、あなた、よこびきっておかわりおもちいたしますですー!」
なんてはしゃぐやいなや、「イヤッホー」とか叫びながら厨房に飛んで行ったとしたら、それはもうひたすら「こええ」というか、・・・
だから私たちにとって「よろこんで」は、現状のように徹底した鉄仮面的マニュアル唄法でいくか、むしろ「言わない」という方向でアレしてもらったほうが、安心して安酒が飲めるってものなのである。ま、しかし私も人の子である。たまに、千回に一回くらい、
「はい、すさんだ気持ちで」
などと、我々の平和ボケした小市民的予定調和をおびやかす"びっくり水”のような奴が出てきてもいいと思うし、ちょっとかわいい娘には、
「はい、コットン気分で」
くらい言わせてみたい心のゆとりもちとほしい。
とはいえ、それが、
「はい、森繁調で」とか、「はい、トパーズ色で」とかになってくると、それもまたなんだかわからない世界へと突入してゆく訳だが、すでに下北沢の『庄屋』なんかに行くと、在日外国人従業員の大量導入によって「はい、よろこんで」は、
「ハイ、ヨロコンドデー」
などと、もはやサービスとしての意味すらホロコースト状態になって来ていて、そうなるともはやそれが、
「ハイ、ヘノヘノモヘジデー」
であったり、
「ハイ、キタノカゾクデー」
であったとしても、誰もが「おや」とは思わないブレードランナー地帯と化しているのであった。


