2025年09月10日

両親はずっと死なないんじゃないかと思っていた

9月9日の朝私の父が亡くなった。
6時過ぎに心臓が止まったそうだが、
医師による死亡確認は親族(夫とわたしと娘の、父から見て長女家族
)が到着してからで7時16分
2015年くらいから自宅で転倒して骨折したり、
2017年から施設(はじめは東大阪のサービス付き高齢者住宅)
その後母が特養へ行って(それまで居た)空いた市内の
ケアハウス(自立型高齢者施設=食堂で作られた3食を自分で移動して食べに行く=安否確認)
コロナが明けてから差し入れを持って時々面会に行き、
耳が遠くなっていたのでなかなか会話も難しかったが、
母よりも元気でトイレも自分でできて何とか生活できていたのに、
途中心臓(2022.5月 うっ血性心不全)と肺(肺気腫、間質性肺炎)が悪くなっていたので療養型施設も紹介すると言われたのに、
当時は要支援2で自分で何とか動き回れたので”要介護4にならないと入院できないと言われる。
それから何とか(奇跡か?)ひとりで頑張っていたのが今年の3月から
部屋で転倒し病院で検査したら敗血症の疑いで、その日は点滴と薬で施設に帰され、
自立型では目が届きにくいと隣の特養で(ショートステイ)で10日ほど見てもらい、
ケアハウスへ戻って間もなく、ベッドから落ちて骨折、入院(大腿骨転子部=寝たきりの原因になるので手術でボルトを入れる)
何とか回復し4月リハビリ病院へ転院、
5月に退院、要介護4で30日に特養入所が叶い、
快適な個室生活〜と思ったら、
退院後診察の6月17日の翌日から様子がおかしくなり、
19日朝、食堂に来ない、動きが止まっているので救急搬送しますと連絡あり、
病院で合流すると脳梗塞でした。HCU=重度の患者用病棟へ入院
それでもまだまだ元気そうに見えたのに
23日夜(22時前)「血圧の低下がひどく昇圧剤投与しますが、今夜持たないかもしれない、
会いに来てあげてはと担当の先生から連絡があり、タクシーで病院へ
夫も娘も寝ていたので兄に電話で『最後になるかもしれない』
というと面会に来た(およそ8年ぶりの再会)
それが持ちこたえて、だからと言って回復するでもなく(血圧が戻っただけ)
知らなかったけど血圧は下がりすぎると生命活動が止まる=死ぬ
を意味するらしく、悪すぎて熱も出なくなるらしい
それから急性期病院では安定しているらしく、25日から一般病棟に
しかし心臓も肺も悪いので口からの食事はできず、鼻からチューブで栄養を入れていくと
そうするとこないだまで居た特養は『経鼻栄養はやっておりません』とのことで退所手続き(7月に)。
そう、急性期病院は3か月までしか入院できないので、母の入る療養型病院に転院を希望したが、
ベットの空きが無く空いたら連絡しますとのことでそれまでと、系列の茨木市の病院へ7月31日に転院。
1時間の移動で途中息が止まらないか心配だったが、看護師さんが2人もついてくれて大丈夫でした
(サイレンを鳴らさない救急車で)
そして暑いし娘は作業所へは休み休みしか行かないし、
寝間着、紙類はレンタル利用し、あまり面会はできないでいた。まだまだ生きると思っていた。
でも唯一と言っていい食べる楽しみもなく、テレビも見られず、
それで頑張ってというのは酷なんじゃないか、誰か迎えに来て楽にしてあげて
と、正直思えてきた。

そして9月8日10時ごろ『血圧低下がひどく昇圧剤投与始めますが、間に合わないかもしれない』と連絡をもらい、
作業所休むといった娘と3人で(父は個室に移動していた)1時間弱見守るが息は苦しそうだがまだまだ生きると思った。
しかしその翌日朝5時の連絡で、私一人なら間に合ったかもしれないが叶わずでした。
しばらくみんなで顔を見つめあい(部屋は冷房が強くとても寒かった)
看護師さんにきれいにしていただいて、
夫がすぐに選び抜いた葬儀屋さんに連絡してくれて10時に迎えに来てもらい、
外は暑いのに、お世話になった先生と看護師さんでお見送りしていただいた。
93歳8か月、最後まで生き抜く姿勢を見せてもらった。頑張った。
そして11時に葬儀屋さんで式の相談
火葬場の空きが12日でないと無いとのことで、12日11時から火葬、10時半に火葬場集合で。
posted by キャサリン♪ at 23:52| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
キャサリンさま。
「両親はずっと死なないんじゃないかと...」
最初、本のタイトルかと思ってしまいました。もう言葉もありません。
まだ若造のわたしが言うのもなんですが、93歳、ほんとうによく頑張られました。93歳のしんどさは93歳になってみないとわかりませんが。何度も住居が変わり、その都度そこに適応され、耐え抜いてこられたお父さまはすごいと思います。「さすが、てるちゃんのおとうさま!」

(大変ななか、コメントのお返事くださり恐縮です)
Posted by あまちゃん at 2025年09月16日 13:19
あまちゃんのボスちゃん


コメントありがとうございます。
親が80歳くらいまではめちゃ元気でしたし、
何度も死にかけては生きてきたので、もしかしたら100歳まで生きるんでないかとか思いましたが、
”果てしないと思えてもいつか終わりが来る”でしたね
母はまだ寝たきりで生きていますが、
いつか母も夫も娘もわたしも、必ずこの世からいなくなる日が来るわけで。
父とはあまり関係が良くなくていろいろあったんですが、お褒めのお言葉ありがとうございます。m(__)m
Posted by キャサリン♪ at 2025年09月16日 17:21
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