以下引用
中年というのは、この世には神も悪魔もいなくて、ただ人間だけがいるところだとわかってくる年代である
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この混乱こそが中年の燻し銀の豪華さなのである。いい年をして正義感だけでものごとを判断していたら、人間になり損ねる。
九十五パーセントの家庭が歪んでいる、と私はこのごろ、思うようになった。
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理想の家庭というのは、実はないのである。誰もがどこかで手を抜いている。その家なりに、一生懸命にならざるを得ないポイントが違っていただけのことである。
私たち夫婦は人並みに物質的で禁欲的でもなかったから、自分が本当に欲しいと思うものは贅沢でも買ってしまっていたので、いまさら投機をする気にはならなかった。海の近くに住みたかった私は、三十年以上前に自分の力で手に入れた最初のお金で海岸の土地を買って家を建てた。
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この土地に深く惹かれながらも、私はたえずこの土地を手放すことを念頭に入れて生きてきた。人がその当人と子孫とで、長い年月、或る土地を所有し続けるなどということはできるものではない。・・・しばらくの間「拝借した」もので、いつかはどれはどなたかにお返しするものであった。
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しかしその頃、私は植木屋さんに頼んで、蜜柑、キイウィ、ビワ、ユリと水仙の球根なども植えた。
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多分愛着深かったこの家も売ることになるだろう、と私は考えていた・・・
買った人は・・・蜜柑の木などどんどん切り倒すかもしれない。
しかし万が一、買った人が、何も経緯を知らないまま、豊かに稔るようになった蜜柑を食べてくれれば、私はそれで満足だと感じていた。それこそが書かれなかった小説のようなおもしろさである。
中年て、55〜60代のイメージだったけど、
曽野さんによると、”35歳から”ということなので、
ワタシはそりゃもう、立派な・・・
昔の日本人は寿命が短かったせいなのか、
20代からもう老成されていたというか、老けていた人が多かったように思う
最近は若いほどもてはやされるというのか、
”若いことが良いこと”のような風潮が感じられる
確かに若いことは元気で、心も柔軟で、見た目も美しく、
いいことばかりなのだろうけど、問題はその中身
生きてきた年月よりも、経験がその人の見た目も作る、
という事は確かにあるだろうと思える
曽野綾子さんはキリスト教で有名な小説家のお一人だそうだ
海外邦人宣教者活動援助講演会というNGOのグループや、
日本財団のお仕事もなさっていた
ワタシはキリスト教信者ではないけれど、人として尊敬している(今のところ小説のファンというだけですが(^^;;)
『国家の品格』にも似通ったと思える、日本人として誇りある生き方をしたい人には読んで欲しいと思った

